2歳の次男を車に乗せて、車を運転していた時の話です。
ちょうど通っていたのが、水戸市の中心街。
そんな都会!なわけではないのだけど(というと茨城の人に怒られる・笑)一応茨城の中心部なのでね。
大きめのビルが立ち並んでいたり、中央郵便局、みたいな大きな施設も多いんです。人の往来もわりと多い。
そんな、ちょっとせわしない道を、保育園の先生らしき人が3名。子ども達7.8名を連れて、歩いていました。
1.2歳の子達は、保育園によくある、大きなカートに乗せられています。1人の先生がそれを押している。
前を歩く先生は、両側に子ども達を連れて、手を繋いでいる。
だいぶ遅れて後ろから、女の子と手を繋いだ先生が歩いてくる。
道の端っこを、平均台を歩くようにして通りたい女の子。先生はそれに付き合ってあげているんだね。歩くスピードを緩めて、手を繋いであげています。
赤信号で、車を停車してて。私は横を向いて、それを眺めている。
ほんの一瞬。時間にしても、1分あったか、なかったか。
こんな問いが、不意に浮かんできました。
私は、子どもが楽しいことを、同じように楽しめているんだろうか。
先ほど見かけた、保育園の先生達。
顔には、笑顔がなかったんです。
それは、小学校の先生になりたてで、子どもと笑い合う余裕のなかった、昔の自分と重なりました。
子ども達と過ごす、笑いあって成長し合う毎日が楽しくて、先生になったはずなのに。
いつの間にか「私はちゃんとやらなくちゃ」と、自分ばかりに目が向いてたあの頃。
今の私も、自分ばかりに目が向いていないだろうか。
息子達のあれこれを、一緒に笑って楽しめる余裕が、最近なかったんじゃないのかな。
これからビルの一角の園舎に帰って、お昼ごはんを食べるんだろう。
そんな先生と子ども達を見送りながら、胸がギュッとなるのを感じていました。
心の余裕って、どうやったら生まれるんでしょう。
どうやったら、心の中に、余裕を持ち続けていられるんでしょう。
あの保育士さんたちも、子ども達と過ごす日々が楽しくて、この仕事したいなって志したんだとしたら。
ああ、楽しいなって思える余裕を、どうやって失っていくんだろう。
逆に、どうやって取り戻させてあげられるんだろう。
外から関わる人間がやれる事って、残念だけど多くない。
お給与とか、働く仕組みとか、そんなのを直接変えられるわけじゃない。
だからそんな働きかけ、無駄だと言うわけじゃなく。
今、ここからできることは何だろう?って考えたら。
私の中には答えがひとつ、あるんです。
ねぎらうことなんです。
あの保育士さん達に、道ですれ違ったらあいさつする。
「こんにちは」って言いながら、「みんな可愛いねー。おりこうさんだねー!」って声をかける。
子ども達を褒めてもらえるって、関わる大人としては嬉しいものなんです。
よほど何度も会ってないとね、「いつもご苦労様です」なんて言葉は、保育士さんに向けていいづらいけど。
何も言わずにすれ違うよりは、絶対いいと思うんだよね。
書いてて思い出しました。
小学校の先生一年目で、頼りなさすぎる私にも、ねぎらいの声をかけてくれた保護者さんがいました。
「先生いつもありがとうね」
「うちの子、楽しそうに学校行ってるよ!」
去年の担任と比べてしまえば、言いたいことは絶対もっと、あったと思うんだよな。
けれど、私を励ます言葉を選んで、口に出して届けてくれてた。
ありがたいですね。あの声かけがなかったら、私は至らない自分をどんどん責めて、もっと余裕を無くしてしまっていただろうな。
わたしの腰
いつもどうも ごくろうさまわたしの目
毎日ありがとう目を使うと
なぜか肩も こるんですよね指のあいだ こすり合わせ
つぼ押しの歌
リフレッシュ
歌:伊東ゆかり
作詞:うえ田みお
作曲:近藤研二
ホントみんな、ご苦労さまだよね。自分にもそんな言葉をかけてあげられたら最高だけど。
その余裕を無くしてしまっている人が、身近にいるなら。
「今日もありがとうね」
って、一言口に出して伝えてあげて欲しい。
小さな一言だけど、目の前の人と、その人の周りの人を、幸せにしてくれる言葉です。
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