自分の凝り固まった価値観を壊してくれた。そんな出会いはあるだろうか。
「迷惑かけちゃいけない」って思い込みを、私は無意識に持っていたんだな。
そう気がついた、ある男の子とのエピソードだ。
小学校の先生として働いていた時。
その年受け持ったクラスに、とにかくよく喋る男の子がいた。
彼は、その年齢の平均より背がだいぶ小さかった。
声も高くて幼い雰囲気、ちょこちょこと動き回る姿も、小動物のようでかわいい。
彼ってどんな子?と、親しくしている友達や先生に聞くと、決まって「でーじ(すごく)お喋り」と答える。
周りにいる誰かを捕まえては、「ねえ、最近のレゴブロックはさー」と、自分が今、熱くハマっているモノについて語り出す。
同じく興味を持ってる同士ならいい。
レゴブロックの素晴らしさとは、こんなものも作れちゃうんだぜ、サンエーのパルコシティのレゴパークにはさぁ…
みたいな感じで、話が弾んで楽しいだろう。
けれど、彼は、相手の様子を察するのが苦手だった。
話がつまらなそうだったり、別な遊びをしたいのに…みたいな、聞き手の困った様子を察知することができない。
なので、嫌がる相手が「もう、しつこい!」みたいに怒って、つい叩いてトラブルに…みたいなことも、度々あった。
見方を変えれば、好きなものに一直線なところは、彼の良さでもあった。
ある時はレゴブロック。
ある時はポケモン。
またある時は、ターミネーターに出てくる、アーノルド・シュワルツネッガー。
興味の対象が変わると、その子の話題だけでなく、持ち物やお絵描きの中身まで、それに染まって行く。だからみんなすぐ気がつく。
「え!今、シュワちゃんにハマってるの?てか、なんで知ってるの?」と、支援員の先生が驚いてたのが、傍目に見ていて面白くて。
実はね先生…、なんて耳打ちしながら笑い合ったりしていた。
お喋りで人懐っこい彼は、担任やクラスメイトだけでなく、学校じゅうのいろんなところに友達や知り合いがいた。
ある朝、彼が始業時間ギリギリになっても教室に来ない。
お休みの連絡もないのにおかしいなと思っていたら、教頭先生が付き添って、彼と教室へ入ってきた。
「いやー、正門前でポケモンの話をしてたら長引いてね。そろそろチャイム鳴るぞ?って、連れてきたんだよ」
ちょっぴり苦笑いを浮かべて、教頭先生が言う。
多分彼のマシンガントークに驚いたのと、話の区切りがなかなかつかなくて困ったんだろう。
一緒に来てくださって、ありがとうございますとお礼を言い、彼に教室へ入ってもらう。
後で知ったのだが、彼は毎朝、教頭先生を見つけては、ポケモンについて時間の限り、話し続けていたんだそうだ。
多分僕がめいっぱい聞けた日は、彼、落ち着いてると思うよ。
僕がいないとか、なかなか相手してあげられなかった日は、席を立ったりお喋りが止まらなかったりするんじゃないかな。観察してごらん。
言われて観察すると、確かに違いがあった。
さっさと朝の支度を済ませる日と、いつまでもランドセルの片付けが終わらない日。
教頭先生のおかげだったんだな。
またある時は、朝の読み聞かせの時間に教室へ入って来た。これまた教頭先生と一緒。どうしたんだろう。
「歩道橋のところの、旗持ちボランティアさんが僕に引き渡してくれたんだよ。
ずっとターミネーターの話をしてるんだけど、そろそろ学校行きなって行っても動かないからさぁ、先生頼むよって言われてね…」
お前よっぽど、ターミネーター好きなんだなぁ、教頭先生が彼の肩をポンと叩きながら言う。
旗持ちボランティアのおじいちゃんが、困惑している顔が頭に浮かぶようだった。
「その方にもさ、いっぱいターミネーターの話聞いてくれて嬉しかったよ!って、お礼しに行かなきゃねぇ。
ほら、1時間目もう始まるよー」
そんなことを彼に言いながら、クラスのみんなにも教科書出しておいてくださいーと一声かけて、ランドセルの中身を出す手伝いをした。
後で教頭先生に聞いたけど、ボランティアのおじいちゃんは笑ってたという。
「いやー、いっつも饒舌だけど、昨日のはすごかったなぁー。
立ち止まって全然動かないんだもの。もう学校行けよって言っても聞かないの。」
そんな感じで、彼は周りのいろんな大人に話を聞いてもらい、スッキリして登校し、教室に入っていたことを知った。
皆さんのおかげで、私も落ち着いて授業が始められていたのか。
正直な気持ちを言ってしまえば、自分のタイミングで長い話を始めてしまう彼に、困ってしまう時もあった。彼の話が終わるまで待ってしまうと、クラスの他の子達を待たせてしまう。そんな場面もあったから。
私一人でどうしよう、とか考えてた。なんて視野の狭い、アホくさいこと考えてたんだろ。
一度、旗持ちボランティアのおじいちゃんに直接お会いできた時があった。
いつもお話聞いてくれて、ありがとうございますと言ったら
「いや、楽しいんだよ。話、長いけどね!
いろんな話してくれるのを聞くのも、楽しいんだよ。」
彼がおじいちゃんに話すってことが「元気づける」って事にもなってたんだなと気づいた。長い話を聞いてもらって、時間割いてもらって、すみませんねなんて思ってた自分の勝手さにも、恥ずかしくなった。
好きなことに没頭する。そのことで頭がいっぱいになって、それを話したくて聞いてもらいたくてたまらない。
遠慮なく気持ちよく、聞いてー!って相手に突っ込んでいけるってすごいな。
彼はいい意味で、私の価値観を壊してくれた。
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