小学校の先生として働いていた時のこと。
私のクラスには、双子の片割れがいた。
彼女は妹だ。
違うクラスに、姉にあたる女の子がいた。
産まれた順で姉、妹が決まるとはいえ、ほんのわずかな差でそれが決まるなんて、不思議な話だ。
これまた不思議なのが、双子ちゃんって性格が真反対になっている場合が多い。
片方が活発なら、もう片方はおとなしめ。
片方がお喋りなら、もう片方は口数が少ない。
片方はちょっといじわる。片方はいじわるされて、泣いちゃう子。
私のクラスにいる女の子は、口数の少ない、物静かな子だった。
他のクラスにいる姉側の女の子は、活発でお喋り。友達もまわりにたくさん集まってくる。
私はその年、持ち上がりで同じ学年を受け持った。
妹ちゃん側の女の子とは、去年も同じクラス。
なのでお互い、どんな子なのか、どんな先生なのか、ある程度知った仲になっていた。
優しくて、気が利いて、周りをよく見ているその子。
私は大好きだった。
ひとつ気になるところがあるとすれば、「自分の気持ちを押し殺していないかな。我慢しすぎていないかな。」
そんなことだった。
例えば友達同士で遊んでて「私は絵を描きたい」「折り紙がいい!」と意見が割れたら。
彼女は大抵「私はどっちでもいいよ」って言う。もしくはニコッとしたまま見守っている。
優しいといえばそうなんだけど。
みんなのことを思いやる、彼女ならではの行動なのだけど。
「外に遊び行くよー!」みたいな感じで人を巻き込む、姉側の女の子も知ってる分、たまに気になって見ていた。
ある日図画工作の時間に、彫刻刀を使う活動をした。
おろしたての彫刻刀。みんなワクワクしながら手に取る。
その前段階で、消しゴムハンコもしたし、取り扱いの仕方や注意点も繰り返し確認した。
「特にみんなの彫刻刀は、新しいからよく切れると思うよ。よそ見とかしないよ。手元をよく見てね。絶対ふざけないよ!」
つい口うるさくなる。
怪我も経験のうちだとはいえ、程度があるし。
慎重にやらないと。子どもたちも分かってはいるけど、新しい道具を前に、やっぱりワクワク。
また、最近の彫刻刀はフォルムがかっこいいのだ。
見方によっては、魔法のミニステッキみたいというか。
ちょっと値段の張る、スペシャルなペンみたいというか。
テンション上がってるなー。目に見えて分かる。
補助の先生も入りながら、子どもたちの作業を見て回る。
練習したのもあり、子どもたちは思ったより上手に、板に彫刻刀をあて、スルッ、スルッと削っていく。
心配しすぎだったな。
なんだ。
とホッとしていたら、静かに立ち上がり、私の方へ近寄ってくる子がいた。
双子ちゃんの妹ちゃん。
あの子だ。
危ないから、何かあったら手を挙げて知らせる。立ち歩かないように。
そう言っていたのに。
よほどの事があったんだ。
「どうしたの?」
私が尋ねる。
「先生…」とだけ言って、彼女が右手を出す。
利き手が左の彼女は、左手で彫刻刀を持ち、右手で板を押さえる。
左手が滑ってしまったんだろう。
右の人差し指、脇のところから血が出ている。
傷が結構深いのか。
ダラダラ、血が流れている。
びっくりした。慌ててポケットから自分のハンカチを出し、傷口付近を抑える。まずは止血しなきゃ。
彼女も血が垂れて来たのを見て、驚いて、声が出なかったんだろう。
当然周りも、騒然とする。
大丈夫?心配して駆け寄ろうとする子もいるし、ぽたっと床に落ちた血を見て固まる子もいる。
「大丈夫だいじょうぶ。保健室行こうね。みんなはそのまま、作業しててね。
あの、えっと…気をつけてね」
ケガした彼女を目の前に、気をつけてと言うのは気も引けた。
彼女を間接的に責めてしまうような、そんな風に聞こえたら嫌だな。
でも教室を空ける前に、やっぱり一言、声はかけておこう。
一瞬、逡巡したあと、みんなに伝えた。
補助の先生に後をお願いして、教室を出る。
彼女についててあげたかった。
担任の勘といったら、カッコよく聞こえちゃうだろうか。
補助の先生に頼むより、なんとなくこの場は、そうした方が良いって思った。
保健室に到着し、養護の先生に事情を説明し、傷を見てもらう。
養護の先生が、彼女の指まわりの血を拭き取りながら、おおらかな声で言う。
「うわー!指はたくさん血が出るからねー。びっくりしたねえ」
彼女はうんとだけ頷いた。
うるうる、目がうるんでるのが見えた。
それを見て。なぜかホッとした。
ああ。気持ちが緩んだんだな。
ちゃんと泣けてよかったな。
彼女の素が出せた瞬間を見て、ホッとしたんだと思う。
「先生、あとはここでお手当しますよ。教室まで彼女は私が送りますから。」
お願いします、と、私は保健室を出た。
彼女の緩んだ気持ちも、お話も、先生が聞いてくれるだろう。
ありがたく、お願いしよう。
そう思った。
双子は自分を映す鏡が、四六時中側にあるようなモノ。
自分の嫌な面を相手に見た側の子が、本来の素質とは異なる言動や行動をとるようになる。
そんな話を聞いたことがあった。
だから双子を見る時には、本来の素質と異なる性格の側に、注意を払って見てあげるといい。
その話で行くと、私のクラスにいる双子の彼女は本来、姉のように快活に、元気に振る舞う方が心地よいのかもしれない。
ただ、ホントにそうなのかは、彼女自身にしか分からない。
外野が「もっと元気に振る舞っていいんだよ。お姉ちゃんみたいでもいいんだよ。」とかいうのも、変な話だ。
彼女が今現在、ありたいように振る舞っていているならいい。多分それも、子どもたちに聞いたって分からない。大人だって分からんし。
もしそれに疲れたって感じる時があって、それをホッと緩める場所がどこかにあるんなら、それでいいな。
そんなことを考えた。
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